2014年3月22日土曜日

汗疱

小学生の頃、教室に隣接するトイレで段差によろけて不潔な床に両手をついたことがある。それ以来、と自分では思っているのだけれども(たぶんこれは潔癖な精神も由来してそれ以来)毎年決まった時期に手に湿疹が出るようになった。その時、は必死にマクベス夫人さながら手を洗ったのだけど(それ以来家に帰ってからのうがい手洗いも欠かさずするようになった)まさか10年以上その湿疹と付き合うことになるとはまったく思っていなかった。一度だけ、たぶん高校生の頃だったか、病院に行った。診断結果は要約すると「感染症じゃないから気にするな」ということだった。気にするなと言われても手は確かに痒いし酷い時は痛い。夜中に目が覚める時もある。でも医者が言うんだから仕方ない。僕と母はこの症状を「脱皮」と呼んで心落ち着かせた。何故「脱皮」かというと、この湿疹が治まった後、必ず手のひらの皮が剥けはじめるからだ。湿疹が出るのがだいたい立春にかけてじわじわと日によっての浮き沈みがあり、手の皮が剥けだすのがだいたい毎年4月頃、クラス替えがあって「よろしくね」と握手でもしよう時期。僕は手を見られるのが嫌だった。

昨夜、その湿疹の症状が激しく寝込みを襲った。妻は僕の夜中の足音に目を覚まして心配した。僕は「大丈夫」とだけ言って冷凍庫からアイスノンをとりだしてそれを両の手のひらで挟んで布団に入った。症状はだいぶ穏やかになった。考え事をしている内に自然と寝ていた。

朝の7時、つまり今朝、目が覚めて早速僕はインターネットを使った。「手 湿疹 定期的」で検索をした。どうやらこれは汗疱(かんぽう)というやつらしい。10年以上付き合ってきた、しかも一度は医者にはぐらかされた病状が、自己診断といえどこんなにも簡単に見つかった。「脱皮」じゃなかった。母に「あれはどうやら脱皮じゃなかった」とメールしようと思ったけど母がその「脱皮」という共通言語、今でさえ記憶しているのかわからなかったのでやめた。

昼は東京芸術劇場でサンプルの「シフト」を観た。劇場でBobabの北尾亘に久々に会った。他愛もない会話をして解散した。彼は相変わらず希望に満ちたニヤニヤ笑いで僕を見た。いろいろ順調なんだなと思った。松井周さんにもお会いして範宙のサイトのコメント直接お礼を言えた。作品は太かった。太い作品はそれだけで良いと思った。観客の思考を制限しない。

4月、僕は新作を発表する。その頃、上述の通り僕の手の皮は剥けているだろう。新作も手の皮が剥けるに値する作品にする。

ただ、でも、こうやってアウトプットするおかげもあってか手の症状は今現時点ではだいぶ落ち着いている。こういう風にしながら死ぬまで機械のように作品つくりたい。←こういうこと、こないだ稽古場で言って、みきえちゃんに心配された。つまり、山本氏こんなペースでやってたら摩耗して行くんじゃないの?と。でも僕はそれなりに楽観視している。今日のサンプルじゃないけど、役割、というものが与えられていないわけじゃないから(と思っているから)。で、例えばそれがいずれゾンビ化して他を巻き込もうとも。

いや、でも嫌だなあ、ゾンビは。ゾンビだけは勘弁。それから逃げる知恵だけは、持っておきたいよ、って思ってる。

http://hanchuyuei.com


2014年3月15日土曜日

うまれてないからまだしねない

 ぼんやりと前から感じてきたことは近年確信になってきて、やがてこの確信は時間が経てば僕の中で風化してしまう可能性もそれはもちろんはらんでいますが、今、今は、僕はやっぱり物語を、その可能性を溺愛しています。ただ、物語、と書く時注意しなければならないのが、俳優という台に乗った上の、という括弧書きがあって正確なニュアンスです。物語、の上に俳優がいるんではなくて、俳優、の上に物語があってその順は逆転しちゃいけないというルールを踏んだ上での、物語、を僕は溺愛しています。

 自分で書いてもおかしなことだと思います。
 お芝居はそれを上演する時普通台本、というものがまず先にあります(いろんなやり方あるけど)。その台本に書かれているのは(まあいろんな意見は置いといて)基本的に物語です。俳優は配られたそれ(だいたいA4の紙数枚。商業演劇では既にブックとして綴じられてる場合もありますね)を手で受け取り、文字を目で見、脳で認識し、口に出す。そういう順を踏みます。だから、お芝居を創作する時は、必ず物語(台本)が先に出発します。劇作家が重宝される理由はその先発の役割を担うからです。でも劇作家は、これが、上演、となった途端にその役目を終えます。なんでかというと上演は、俳優に任された場だからです。で、この、俳優に任された場、であることについての批評的な視点を作品に込めてついぞ演劇は揉み合って高め合ってたまに共倒れして、きました。

 例えば太田省吾さんが沈黙劇、という台詞のない演劇を発表していますが、これはまさに言葉を封じ込めることによって現前の俳優をのみそこに強調する、という先鋭的な手法でした。耳で聞こえる言葉はない。でもなんだか、現前の俳優の身体を見ていると、そこになんでかわからないけれど言葉が物語があるように感じる、という、まさに、俳優に任された場、を提供なさっていたのではないでしょうか。
 また、ピーターブルックははっきりと、舞台上には人がいるだけでいい、装置も何もいらない、と語っています。これも、俳優に任された場、であることを強調しています。
 またあるいは、台本、を一切抜き取って、劇場やあるいは野外でリアルタイムで起こる事件性だけに着目したものもあります。即興劇なんてものもありますね。厳密に先の内容とは違いますが、寺山修司の功績は、こうした現前の事件性、に着目することによって、俳優に任された場(つまり演劇)を批評しました。で、こういう分野は主にダンスや他のアートに取って代わられた印象が僕には強いです。即興劇が流行らない理由、あるいはしばしばダサい理由は、俳優は決して作家ではない、という自明が世間一般に浸透してきたからだと思います。無論、質の高い即興劇もあるでしょう。それはつまり、その俳優がたまたま優れた作家的能力を備えている、ということなのだと思います。

 このように、まさにいろいろと、この他にもいろいろと(現役の日本人作家にも触れたいところですが、それはなんとなく僕の生理的に批評家におまかせしたいのですね)いろいろなやり方で、大きいテーマ「上演する演劇は、俳優に任された場(つまり演劇)」は作家達によって考えられてきました。で、僕もそれについて考えています。答えはでないけど。まあいいでしょう。とにかく上演する演劇は、俳優、が必要なのだということです。

 で、ここで僕の話になってしまいます。僕の劇は文字や画像や映像を使うことが多いのですが、そしてこれはたぶんこれからも(形を変えながらではあるけれども)やりますやるんですが。これについて、なんで?とかどうして?とか演劇的に間違ってる、とか言われることもあります。いろいろな意味合いがありますが、まず端的に言って僕にとって文字や画像や映像、あるいは光や影は、紛れもなく「俳優」だからです。ああ、僕は狂ったわけではありません。とにかくどうやら僕は、あらゆる問題を擬人化するのです。なんでかは知りません。
 一度、これは桜美林大学の演劇のスタッフ向けワークショップでやった演目ですが「ゴドーを待つ人もいない」という作品をつくりました。この作品は人間が一人も出て来ない、という作品です。俳優不在の演劇、というキャッチフレーズで。どうやって上演したかというと、舞台に2脚のイスだけが置かれていて、奥の壁にプロジェクターから文字が投写される。台詞が。例えばこんな感じ。左のイスと右のイスは向き合って置かれています。左のイスにスポットが当たって



左のイス:あたしには
あなたが動けないことが

驚きで
ならない
あたしは
やろうと思えば
こんなことも

と投写されたら左のイスの(なんらかの仕掛けで)背もたれが揺れます。



こんなことも

と投写されたら左のイスは(なんらかの仕掛けで)移動します。


できるけど
あなたには
できない

そうすると今度は右のイスがにスポットが当たって


右のイス:君は
若いのに
すごいわ
俺は
なんかいろいろ
ダメだわ
昔は
君がここに来る前は
俺だって動けたんだわ 


とか投写されたりするっていう。そういう内容でした。これ、キャッチフレーズは俳優不在の演劇、なわけなのですが、僕にとって俳優はいたのですね。それがこの2脚のイス、そして文字、さらにいえば舞台上の仕掛け達、です。

 さて、それで最初の話に戻るのですが、とにかく僕は今物語を溺愛しています。それはつまり「俳優」をないがしろにするっていう意味じゃ全然ないことは上記の文からなんとなく伝わってくれると信じます。で、僕は物語を溺愛しています。(俳優という台に乗った上の)物語が。その溺愛するそれがいったいどこまで行くのか。俳優やスタッフ達と一緒に愛でながら(その愛で方は様々なやり方で)うまれてないからまだしねない、はつくられています。